発声訓練のポイント


はじめに

 ここで合唱で用いることを前提にした発声について、「腹式呼吸」と「喉頭筋」と「母音」を中心にして書いてみようと思います。これらを訓練することの結果として、声量と音域、そして声質の3つの要素を制御出来るようになります。訓練の目的と方法を明確にし、継続的に段階的に訓練を進めていかないと、いつまで経っても成果が上がらないのが発声訓練です。この訓練方法により、発声という楽器を使いこなす術を身に付けていただけると幸いです。


1.腹式呼吸編

・腹式呼吸とは

 発声の仕組みにおいて、胸筋による発声は「胸式」、横隔膜による発声は「腹式」と呼ばれます。通常の場合、会話では胸筋を用い、歌唱では主に横隔膜を使います。歌唱に「腹式」が用いられる理由としては、横隔膜という筋肉の方が、「力強く、安定した」呼気が作れるからです。またもう一つの理由として、「胸式」では筋肉が胸の周りに分散している為に制御が難しく、また肺の中の空気を十分な量吐き出すことが出来ない、ということが挙げられます。

 では「腹式」での歌唱とはどういうものかというと、例としては「深呼吸時の吐く息をそのまま用いた歌い方」です。「ふぅ〜」という吐息で声を出します。実際に「ハァ〜、アアアア〜」と声を出してみて下さい。腹式に慣れていない場合は、最初は息が漏れるだけでなかなか声にしにくいと思います。それは胸式と腹式では声帯の震え方が違うからです。そのため腹式に慣れていない場合は声帯が閉じずに息漏れすることになります。その息漏れする状態を覚えておき、発声訓練を常にその位置(フォーム)で行うことで「腹式」での歌唱が身に付いていきます。
 胸式から腹式への発声の転換において、この声にならない期間を経ることで、腹式呼吸を歌に利用することが出来るようになります。逆に言えば腹式呼吸は訓練したのにも関わらず、声量と声の伸びが得られない場合は、腹式呼吸と実際の歌が結びついていないことが原因です。


・腹式呼吸の訓練

 腹式呼吸の訓練の内容としては、
 @息の強さ
 A息の強弱のコントロール
 の2つがあります。

 まず唇を軽く開けて、息を細く流します。そしてお好きな歌を何でも良いので息だけで歌います。声帯は鳴らさずに、息を吐くだけです。ただし声にはしないというだけで、息の量・強さなどは声に出す時のままで練習してください。時間としては、一日30分は行う必要があります。(※毎日行う必要があります。それは筋肉を動かす神経を発達させるためには継続した訓練が必要だからです)
 1番目の目標は腹式で息を強く流せるようになることです。2番目の目標は歌で使えるように強弱を付けることです。ある程度形が出来てきたら、各1小節毎の中でクレシェンド→デクレシェンド(< >)をする訓練をします。これが出来るようになると自分の意思で変化を付けられるようになるので、歌が明らかに変わります。

 腹式呼吸の訓練は、半年は必要と思ってください。これは何故かというと、腹式呼吸に用いられる「横隔膜」は通常の場合は普段使われない筋肉なので、自由に使えるようになるには時間がかかるからです。例えて言えば、利き手ではない腕では文字を書きにくいのと同じことです。そして利き手ではない腕で利き手と同じように綺麗な文字を書こうと思ったら、やはり長い期間が必要なのです。
 必要な筋肉は息を吐く訓練を通して結果として付いていきます。また筋肉は神経によって動くものです。神経を鍛えるには毎日一連の動作を繰り返すという訓練が必要です。野球や剣道の素振りと同じです。そうすることによって神経と筋肉がつながり、身体能力を向上することが出来ます。
 この練習は歌のCD等を聴きながらやると効果的です。歌手と一緒に歌っているつもりで練習して下さい。練習が進んでくると歌手がどんな身体の使い方をしているのかが、体感として明瞭に知覚できるようになってくるでしょう。そうなると色々ある言葉に左右されずに、何が本当で何がそうでないのかを自分で分析・判断出来るようになります。


・声帯の訓練

 腹式呼吸の次は、声帯の訓練に入ります。腹式呼吸での発声は、最初の内は息が漏れるだけでなかなか声にはしにくいと思います。その状態のままで、この訓練を行います。
 まず息が漏れるのはなぜかというと、胸式と腹式とでは声帯への息の流れ方が異なるからです。胸式で声を出す場合はアやイなどのそれぞれの言葉に必要なだけの息しか流れませんが、腹式では息の流れ方が直線かつ一定なので声帯にも常に一定の息が流れることになります。そのため息の量と言葉とが一致していた胸式との違いから、腹式では息漏れしてしまうということになります。
 では腹式では声帯をどのように使うかというと、例えて言えはバイオリンの「弦」を「弓」で弾くように、「声帯」を「息の流れ」によって震わせます。打楽器から弦楽器への移行といったところでしょうか。
 実際の訓練の過程では、腹式呼吸で声帯を鳴らそうとすると慣れない間はガサガサとした聞き苦しい声になると思われます。それは普段使っている声帯の使い方ではないためです。2ヶ月程も我慢して訓練している内に次第に元の綺麗な声になっていきます。そのため慣れない間は大きな声を出す必要はなく、ささやき声程度で十分です。
 そして、声帯が慣れてくるに従い、次第に以前とは比較にならないほどの、圧倒的な声量と声の伸びが出ているでしょう。それは、腹式呼吸の訓練で身につけた息の力強さを、そのまま歌に使えているからです。

 注意点として、腹式呼吸は訓練の最初の内は弱くしか出せないため、そのような弱い息の状態で歌に使おうとすると、歌えない状態のままでストップしてしまう、というものが挙げられます。使えるようになると息を「ブワ〜っ」と勢いよく出せるようになりますので、その段階になるまで根気よく継続して息の訓練をすることが必要です。


・喉腔筋の訓練(=喉頭の真釣り下げ)

 声帯は喉頭(のどぼとけ)の中にあります。声を出すにあたり、この喉頭につながっている筋肉の訓練を行うことで、音高への対応および声質・声量の形成を行います。

 喉頭には@上方、A後方斜め上(2つ)、B後方、C前方斜め下 の計5つの筋肉がつながっています(Aで2つ分、合わせて5つです)。使い方は、これらの5つを同時に全て使用して「拮抗させる」です。それが「喉頭の真釣り下げ」です。これら5つのどれかが使えていない、もしくは弱いと、拮抗状態にならないことから声は必ず崩れていきます。
 合唱をしている人には上記の内「C前方斜め下」の筋肉を使わない人がいますが、その場合は低い音が出ず、また浮いた声になります。低声種の人には「@上方」の筋肉を使わない、もしくは「@上方」より「C前方斜め下」が強い人がいますが、その場合はピッチが下ずる声になります。「B後方」が強すぎる人は、引っ込んだ感じの声になります。「@上方」が強い人、もしくは「C前方斜め下」より「@上方」が強い人は喉声になります。これらの事象は5つの筋肉で拮抗状態が崩れているためであり、そのパターンは組み合わせで多種に渡ります。
 これら5つの筋肉はバランスよく、常に拮抗させます。脱力ではなく、バランスによる喉頭の保持(釣り下げ)です。声帯自体には力は入れませんが、喉頭周りの筋肉においては脱力は本質的な解決方法ではなく、拮抗する力(=制御する神経系の訓練)が必要です。


・共鳴

@喉腔共鳴
 軟口蓋を上げることで、口の奥の空洞を響かせます。この共鳴は共鳴部位としては一番効果があります。軟口蓋は訓練しないと上がらないため、従って軟口蓋を上げながら声を出せるようにならないとこの共鳴は使えるようにはなりません。軟口蓋を上げながら声を出す訓練を1日30回くらいずつ毎日継続して行うことが必要となります。
 なお、口の奥(軟口蓋)は開ける必要がありますが、口自体は大きく開ける必要はありません。口を開けるのは高音域を出す際に喉の緊張を緩めるためのストレッチとしてであり、中音域以下では口は大きくは開けません。なぜかと言うと、母音にはイ母音のような口を閉じ気味にするものもあり、口を大きく開けていると変な声になるからです。また口を開けなければ響かないわけではなく、共鳴は喉の奥(軟口蓋部分)で形成するものです。もし口を大きく開けなければ響かないと仮定したらイ母音などは響かないことになりますが、実際にはそのようなことはありません。あごが外れるくらい開ける人がいますが、それはバカ顎と呼ばれます。

A鼻腔共鳴
 鼻の奥の空洞を響かせます。注意しなければならない点は、これはやり過ぎると「鼻声」にもなるということです。共鳴は喉腔共鳴が主体でありこちらの鼻腔共鳴の方はやり過ぎないことが重要です。軟口蓋部が開けられる前に共鳴に着手すると、鼻腔だけの共鳴になり鼻声になるので注意が必要です。具体的にはユーミンさんの声が鼻声で、軟口蓋を開けずに共鳴を指向するとあの鼻声になります(ポップスでは味わいになります)。

B胸(気道)共鳴
 喉頭から下の、気道〜胸までの空洞を響かせます。ただしこの共鳴は結果として響いているというものであり、気にし過ぎるとピッチが下がることに注意が必要です。


・喉腔(軟口蓋)を開ける訓練

 共鳴は喉腔(軟口蓋)を開けることで作ります。声帯原音(声帯で直接作られる振動)自体は弱いものなので、喉腔を開けて共鳴させることで声量を出します。訓練方法は、以下の2つです。

@喉の奥を開ける(=軟口蓋を上げる)(=俗に言う「喉チンコ」を上げる)
 響かせる空洞が大きくなり、声帯の振動が効率的に声になります。具体的な訓練方法は、裏声の練習を応用するというものです。裏声を使う時は自然に喉の奥がカパッと完全に開きます。これを反射というそうです。その状態を鏡に映して観察し、実声においても同じ状態で声が出せるようにします。練習方法は、鏡を見ながら軟口蓋をパカっと上げる動きを1日30回くらいずつ続けていくことです。最初は上げようとしても上がらなかったりという感じだと思います。それが出来るようになったら、次は喉腔(軟口蓋)を開けながら実際に声を出す練習をします。まずは中音域で行い、漸次、低音域、高音域へと訓練を進めます。訓練の過程としては、最初は軟口蓋をこじ開ける感覚で声を出します。3日ほどすると閉じる力が消えていきます(=開ける神経が発達してくる)ので、それからは開いた状態をキープする訓練となります。

A喉頭(のどぼとけ)を下げる
 上記「喉腔筋の訓練(=喉頭の真釣り下げ)」における「C前方斜め下」の筋肉を訓練することで、喉頭を下げることが出来ます。これは声帯を前後に引き伸ばすことにつながり、声帯を息の力で振動させるための前提となります。つまり弦に適度な張力を持たせるようなイメージです。ただしこれはこればかりやるとピッチがずり下がるフォームになります。声帯周りの筋肉は上下にも拮抗するように力を配分させます。


・共鳴の完全形
 共鳴は@喉腔共鳴を主に使います。そのためには一定以上の空間が必要です。そのために喉腔(軟口蓋)を開ける訓練を行うのですが、実際に歌う際は開けた状態をキープしながら声を出すという行為が必要となります。そしてそれは相当な力を使います。ガチガチに使うというわけではありませんが、枠組みをキープするという力は使います。よいしょ、という感じです。つまり喉はリラックス状態というのは誤ったやり方です。それではいつまでたっても上手くなりません。なお声帯自体には力をかけません。枠組みを設定することにより、共鳴体が作られます。これはつまり、枠組みとは最初からある人は存在せず、そう訓練をした人にのみ発声する、ということであり、結局のところ発声とは訓練が必要ということです。


・高い音の出し方

 高い音を出す方法は「喉を上げない」ことが基本となります。初めはほとんどの場合音が高くなると喉が上がってしまうものです。喉は上がってはいけないのですが、ではなぜ喉が上がってはいけないかというと、喉が上がることで喉の共鳴腔の容積が狭くなり共鳴が形成されなくなるためです。喉を上げないようにするには、結論としては音の高さとは切り離して喉の形をキープ出来るようになる必要があります。自動車ではブレーキを踏みながらハンドルを回したりしますが、あれと同じで発声でも同時に複数の動きを行うということになります。
 具体的な訓練方法は上記「喉腔筋の訓練(=喉頭の真釣り下げ)」を音高とは独立して制御出来るように訓練することで、まずは中音域で喉腔の5つの筋肉のバランスを取りながら音の移動を行う訓練をします。それが出来るようになると喉の筋肉がある程度自由に使えるようになっているので、次に「声帯の後ろを斜め上に引き上げる」という動作を行います。すると声帯が中音域では使わないような引き伸ばされた状態になり、高音を出せる、通常より薄くなる状態になるので、その状態でもって高音を出します。それはアクートと呼ばれる技術です。大体バリトン・バスならラ・シ・ドあたりからこのやり方が使えます。これが出来ないバリトン・バスはドも出せませんが、出せるようになればミは射程距離内に入ってきます(テノールならラは狙えるでしょう)。


・低い音の出し方

 低い音の出し方の考え方は、上記高い声の出し方と同様です。低い音では軟口蓋が下がってしまうのが普通なので、喉腔の形をキープしながら低い声を出す訓練をします。訓練の過程としては、中音域の時と同様に、最初は軟口蓋をこじ開ける感覚で低い音を出します。3日ほどすると閉じる力が消えていきます(=開ける神経が発達してくる)ので、それからは開いた状態をキープする訓練となります。
 喉腔が開いていないと低い声は出ません。もし出る場合は、中音域以上の音が響かないでしょう。それは喉の形を低音域に合わせることで喉を低音域専用に設定している場合であり、そのような「低い声は出るが中音域以上の声が出しにくい」事象となります。喉腔の形をキープしながら低〜高音域まで出せるようになることが重要です。音域に関わらず形をキープ出来るようになることで、音域は広がります。
 低音域については、喉の鳴りをつかまないようにします。それは全音域で同様なのですが、低音域については喉に頼るのが普通ですので、まず低音であっても声帯の鳴りは触るだけに留める訓練が必要です。その上で声量は息の速さを変えることで違いを出すようにします(※声量が出るときは声帯の鳴りも増えるのですが、それは息の速さと比例したものとします)。これが出来ずに声帯の鳴りだけで声量を出そうとすると、低音域が喉声となります。
 低音域については、一度自分の声を録音して聞いてみることをおすすめします。ひょっとすると、すごい喉声かも知れません。人間の耳は実際に出ている声よりも自分の声はこもって聴こえるので、喉声でも自分には普通の(深いという方向で)声に聴こえます。そのため、周囲には目立つような喉声でも、自分にはそうは感じられない、というケースがほとんどのように思われます。一度自分のイメージしている声がどのような感じ方で自分には聞こえるのか、ということを、録音を通して検証する必要があります。そのイメージと実際の自分の声とのギャップを埋めていくことが、低音域の出し方では重要です。


・発音@(母音)

 発声は「ア」母音で練習することが多いですが、これだけでは実際には訓練としては足りません。特に「イ」母音で喉のスペースが小さくなってしまうのが普通であり、訓練が必要です。アエイオウ5つの母音が、喉のスペースをきちんと保持した上で音階移動が出来るように訓練します。その際、母音の変更で変わるのは口先と舌の位置・形であり、喉の奥のスペースについては変化しないようにします(先に記述した「喉頭の真釣り下げ」が変わらないように注意して練習します)。
 最初の内はどの母音もプルプル声が震えてすぐに崩れることでしょう。各母音でまずは各筋肉(口先や舌も含めて)が構えとして定着することが目標となります。各母音を意識して構築出来るようになったら、少しずつ声量を増やし、次にアエイオウと母音を連続して変更し、さらに音階移動も入れていきます。発声は母音変更が出来て初めて上達を実感出来ると思います。
 発音の訓練で重要なことは、「声帯の振動」・「喉頭の真釣り下げ」・「息」とは独立して、「舌」と「唇」の動きを行えるようになることです。またアエイオウの各母音では、使う「喉頭の真釣り下げ」の筋肉はそれぞれ違うため、どの母音も均質に筋肉を動かせるように神経を鍛える必要があります。
 各母音の声圧が集まる場所を軟口蓋の中心に設定します。母音が変わっても・音高が変わっても、その中心点から外れないように訓練します。
 発音の最終的な目標は、どの発音であっても発声に影響を受けないことです。発声はヴォカリーズと同様に、ただそれだけで人を感動させるものであるべきです。そのためどの発音であっても「同じ喉の構造」で発声できるようにすることが重要です。言葉に喉の形が引っ張られるのが普通ですが、訓練により喉はハミング(どの母音でも無い)、口は発音、という発声構造を身に着けることが出来ます。これが出来るようになると、発音で苦しい母音が無くなります。


・発音A(子音)

 母音練習の次は子音を付ける練習です。子音はそれ単体では存在せず、必ず母音とセットで発音しますので、子音+母音で練習します。というのも子音と母音を合わせていかに連続した発声が出来るかが重要であり、最終的には母音の先頭に子音があるだけの、母音と同等の発声にすることが目標だからです。そのため子音だけの練習ではあまり効果はありません。母音の息の中で、いかなるタイミングで適切な子音をその中に組み込むかの練習です。それが出来るようになると、楽譜上のほぼ全てのフレーズが一つの息の中で扱えるようになります。それが子音練習の目的です。
 子音の中でも重要なものが「ザ」「ガ」「カ」行の3種類です。「ガ」行と「カ」行の違いは「ガ」行が声帯を鳴らしながら発する子音であり、「カ」行は声帯を鳴らさずに発する子音というものです。そのため「ガ」行と「カ」行は発声上はほとんど声帯の鳴らすか鳴らさないかの制御の違いと言えますが、「ガ」行は子音を発しながら母音も発するということ、また「カ」行は子音を発する瞬間は母音の発声をスキップするという点で、どちらも訓練が必要な発音です。「ザ」行についても子音を発しながら母音を発するという同時作業が必要という点で訓練が必要です。どれにおいても、息と声帯と舌とが個別にかつ統合されて動く必要があるという点で、発声において非常に難度の高い訓練です。


・喉腔の圧力

 声の出だしにおいて、まず喉腔の圧力を作ることが必要です。出だしであってもフレーズの中途と同様の圧力の中から発声が始まることが、ガコっという衝撃無しに発声を開始すためのポイントです。
 各母音において十分な声圧が必要です。それは声帯を重くするという意味ではなく、息の圧に対抗できるような喉腔の圧です。これは仮声帯が重要な役割を果たしますが、声圧(喉腔の圧力)を高めた状態で発音することで、各母音が揃い、また喉声が無くなります。喉を適切に使った声は必要なものです(例えばバスなど)です。しかしながら声圧が低い事に伴う「イイイイー」などのような、歌唱に適さない、一般的な日本人の通常の会話の声圧の声は、歌唱発声の前提を築く前の状態です。


・声を作る

 声の雰囲気は声帯で作るものではありません。声帯は振動源ではありますが、声の雰囲気は声帯自体ではなく、その周りにある筋肉の働きによって変化する共鳴腔の形によって変化します。例えば喉を後ろに引くことで飲み込んだ声になっていき、最終的には引っ込んだ声になります。前に出すと喉声になります。そのため後ろに引くのと同時に、前にも力を入れる、後ろと前の両方の力を拮抗させることで声を作ることができます。下と上も同様です。
 声作りは一方向に偏ると変な声になりますが、どちらの方向にも力をかけない場合は日によっていずれかの方向に振れることになります(=声が日によって違う)。声は全方向に対して力を使い拮抗させた状態で出します。重要なことは「脱力」ではなく拮抗です。


・発声の仕方

 発声の仕方を具体的に書きます。

 1.まず声帯を軽く合わせます。大きな声でも小さな声でも、声帯の合わせる力はこの「軽く合わせる」状態を必ずキープします。それ以上の力をかけると声帯に過負荷がかかりシュートして声が出なくなります。
 2.次は声帯周りの喉頭筋群を、声帯の周囲を囲むように、網のように力を巡らします。
 3.横隔膜の息の力を、2の喉頭筋群に寄り掛けるようにして力を伝達します。その際は喉頭筋群は面として力を受けます。

 以上3つの組み合わせで声は出します。くれぐれも、声帯のみで息の力を受けないようにします。声帯で力を受けると喉声になり、また例えば「ユ」のような発音を大きな声で音階移動しようとすると、すぐに声が出なくなります。息の力は声帯ではなく声帯周りの筋肉で受けるようにします。声帯周りの筋肉で受ける発声に慣れてくると、声帯で受ける発声とほぼ同様の声が出せるようになります。しかも声帯はシュートしません。これが出来るようになるとビンビン鳴る声がレガートで連発して出せるようになり、合唱団がガラリと変わります。


・自分の声は聞かないこと

 自分の声は、人体の構造上、声を出している時は自分の耳には正しく聞こえません。また自分の声を聴きながら歌うことはテンポが遅れることにもなります。自分の声は振動と音高で判断するだけとし、聞くなら他者および他パートの音を聞くことです。人は自分の声を厳密には永遠に聞くことはありません。まずそこは割り切った上で、経験での声の制御を行います。


・息を流す

 発声法の最後に一番大事な事柄を書かせていただきます。それは「息を流すこと」です。

 まず前提として、「実際の合唱で必要な要素」をここでは以下の3つとします。
 @正しい音が出せる
 A声量に幅がある
 B声に伸びがある
 そして上記3つの為の訓練方法が「息を流す歌唱法」なのです。

@「正しい音」
 厳密に言えば髪の毛一本ほどの微妙な差でも出し分けられることです。それが出来て初めて「はまった」和音が出来ます。息を流して歌っていれば音の高さを固定させずにいることが出来るため、音の高さを常に微妙にずらすことが可能です。それは例えば「ヘリコプターが空中で静止している状態」とでも言えましょうか。

A「声量の幅」
 息を流して歌っていれば横隔膜の力を直に利用できるので非常に大きな声を出すことが可能です。また小さな声を出すことは、声帯に力を入れた歌い方でなければ特に困難なことではないでしょう。

B「声の伸び」
 息の流れにただ声を乗せるだけで可能です。これは発声のメカニズムを体感した方はすぐに気づかれることでしょう。

 その具体的な訓練方法ですが、「息を流す」とは声の出し方のイメージとして説明される場合もあると思いますが、ここではそうではなく本当に「息を流し」ます。「フゥ〜」と細く息を吐きながら音を出す感じです。「ド ミ ソ」と音階移動する際も「フ、フ、フ」ではなく本当に「フゥ〜」の1つの息の中で「ド ミ ソ」と移動します。慣れない間は声帯を「つかめ」ない苛立ちが出るかも知れませんが、慣れてしまえば声帯を「つかむ」のではなく「常に触り続ける」感じになるでしょう。
 このやり方の効果ですが、「音階移動でピッチ修正に手間取らない」というのが一番大きいです。「フ、フ、フ」では声帯が断続して動くため、それぞれの音に対して毎回調整が必要ですが、「フゥ〜」の中であれば声帯は常に同じ流れの中で変化するので非常に「スムーズ」かつ「楽」に移動できます。車で言えばマニュアル車のガコガコではなく無段変速オートマ車といったところでしょうか。慣れれば今まで難しかった複雑な音階移動も可能になります。ポリフォニー声楽曲などは音階移動が細かくまた言葉が長いので、この歌い方でないと困難を感じることでしょう。また歌は基本的に「レガート」で歌うと思います。というのも「ことば」は単語であり、単語であるならばつなげる必要があるからです。レガートで歌うには音をつなげなければなりませんが、その際にこそこの「息を流す」歌唱法は威力を発揮します。

 訓練に用いるのは「ハミング」が良いでしょう。実際に声を出してでも良いのですが、「息を流す」という状態を日々確認・検証するにはなるべく声にしないでの訓練の方がやりやすいと思われます。またハミングには「どこででも出来、周りに迷惑もかけない」という利点もあります。日本の家屋事情から考えて、大きな声を出しての練習は不可能だと思いますが、ハミングなら練習が可能でしょう。そしてハミングの練習の上で声に出しての個人練習や合唱のアンサンブル練習を行うと良いと思います。
 訓練に際しての注意点として、息は横隔膜のバネを使い、声帯はイメージとして「つかむ」のではなく息の流れの中で「常に触り続け」ます。また特に重要なのは、音の移動に際して「全て同じ声帯の場所を使う」ということです。高い音も低い音も、全て同じ場所を使い、音高の変化で場所が変わらないようにします。変化するとその時点でブロックされた感じになります。ここは特に注意してください。


・息をゆっくりと流す
 息を流せるようになったら、次は息をゆっくりと流す訓練をします。息を流すだけでは、息が無駄に流れることにともない長いフレーズを歌えずまた旋律の中でも計算して息を流せず、また声圧の調整による自在な音量調整が出来ません。そのため、息をゆっくりと流す訓練が必要です。
 やりかたは、仮声帯を使い、腹式呼吸の息をせき止める力で行います。具体的には息を吸う力を使います。息を流すと同時に、息を吸うフォームを取ります。こうすることで、息を出すフォームと息を吸うフォームが拮抗し、その結果として息を制御できるようになります。つまり、流すだけだった息が、絞ることが出来るようになり、絞りの開け閉めという形が可能となります。
 

合唱練習法

 以下では合唱の練習方法を書かせていただきます。


・和音取り

 合唱には「音取り」というものがあります。これは各パート毎に分かれてキーボードやピアノで曲を弾き、曲と歌詞を歌って覚えるというものです。では「和音取り」はどうでしょうか?
 「和音取り」は2つ以上のパートを弾きながら自分のパートを歌ってみるというものです。和音取りが出来ていると練習で和音を合わせに行けるため、演奏会までにほとんどの和音を合わせることが出来るようになります。分かった上でやる練習とそうでない練習の効果の違いは、余りにも大きなものがあると言えます。
 またこの練習が進むと、手と歌の2つの刺激により曲を頭の中で複数パート鳴らせるようになります。

 合唱は3〜6パートが同時並行的に歌うため、自分のパートだけではなく他のパートの動きを知る必要があります。そして和音には3度や5度といった種類があり、それらが音楽の進行とともに刻々と変化していきます。そのため各人が複数パートの同時並行処理を脳内で意識して行う必要があります。これが出来る人は音楽を全体的・立体的に見ながら演奏を進めていけます。これは演奏をしながら同時に録音を聴いているようなものです。そのような人の存在が演奏の大枠を決めます。

 和音を作るためのコツは、「他の人(パート)の音を頭の中でなぞりながら自分のパートを歌う」です。和音は終止で伸ばす以外は常に変化し続ける存在なので、流れの筋の集合として全パートを頭で歌いながら、自分のパートをそれに絡ませます。頭の中身はただ音を観察し続けるという感じになります。
 これを具体的に書くと、あるパートが「ド」から「ミ」に移行した時は、たとえ自分が「ソ」を変わらずに伸ばし続けている場面であっても、移行につられて「ソ」の音が微妙に変わるというか、他パートが移行した「ミ」を自分も歌いながら「ソ」を出す、という感覚で音を出します。
 相対音感という意味では、和音の中では「絶対的な音は存在しない」と言えるかも知れません。はまる音は常に変化し続けます。またそれは純正律とも違うようです。人が心地よいと感じる音が、きっと出すべき音であり正解なのでしょう。
 合唱が「ハモる」のは、全員が「いっせっせーのせ」でスタートして、半ば偶然的に何回かの内の1回とか、ある部分だけ特に、とかの現象と思われる方もいるかも知れませんが、実は誰かが狙ってやっているかも知れません。ある人がいる時だけ妙にハモる・・・、そんな事に思い当たるフシがある場合は、その人の練習方法を探ってみると面白いかも知れません。

 発声が大事なのはもちろんですが、合唱で最も必要なのは実は耳の訓練なのかも知れません。自分の声を出しながら周囲の複数の音も聴き取ることが出来る状態を「耳を開く」といいます。


・音取り練習

 音取りでの注意点は「大きな声で歌う必要はない」ということです。別に大きな声で歌ってもいいのですが、初めての曲に気を取られて喉を絞めないように注意する必要があります(特に高い音は要注意です)。音取りは鼻歌程度でさっさと済ませて、アンサンブルできちんと歌う方が良いでしょう。

 音取りは長時間かけてやるよりも、回数多く・短くの方が効果的です。記憶に関わる事柄は、勉強と同じで予習も大事ですが復習の方が重要です。これは人の記憶は減少するので一度にやっても必ず忘れるからです。そのため回数を多くして忘れた分をその都度補強し、記憶の固定化を効率的に行います。具体的には曲には「この1音が覚えにくい」という部分が何箇所かあるので、そういった部分にこそ練習の最後に各パートで何度でも音をさらうと効果的です。

 曲はパート毎に練習するよりも早めに全パートでの練習に入った方が、パート員も早く曲に慣れることが出来ます。これは全体像が見えてからの方が関連を持って覚えられるため、成長期を越えた脳には効率的だからです。もちろんそれが出来るのはパートリーダー(サブリーダー)がきちんと歌えていることが条件ですが、曲は基本的に「歌って・聞かせて・全体で合わせて」覚えるようにします。


・パートリーダー練習

 学生団体ならば例えば1週間で3回程度練習があると思いますが、その1回を削ってでもパートリーダー(サブリーダー)だけの練習に当てた方が良いです。
 その理由としては、通しで形になる人が各パートにいることが、練習を実のあるものにするためには必須だからです。音取り練習をしただけでは全員すぐには歌えるようにはならないため、最初の間はパートリーダー(サブリーダー)が全体練習を引っ張っていきます。

 また4〜6人で形に出来ることは大きな自信になると思います(実際相当なレベルです)。


・発声練習

 練習の始めにやる発声練習には長い時間を割く必要は無いと思います(5分くらいで十分です)。のどを暖めるとかよく言いますが、実際には発声練習が「始まりの儀式化」(慣れ)しており、また30分も4回分で2時間になるのではないでしょうか(2時間で1回分の練習に)。発声の訓練は自分で毎日少しずつ継続するものなので、週に何回かの発声練習なら2時間だろうと3時間だろうとやってもやらなくても現実的には変わりません。重要なのは発声練習は「毎日行う」ということです。

 発声練習で重要はことは集団ではなく一人ずつ行うということです。そのための時間なら30分といわず1時間でも別にとって行うと良いと思います。そして発声指導をする立場の人は、その場でどうこうしようとするのではなく「理に適った訓練方法を教える」というやり方で指導すると良いです。どんなに優れた指導者でも相手を「さあ明日から1人前!」には出来ません。真実は「訓練方法が全て」であり「誰でも訓練で上手くもなれば下手にもなる」のです。
 大事なこと・成すべき事は「訓練方法を相手に定着させる」ことです。そのため指導する機会がある毎に「どれだけ訓練が身に付いているか」という観点で見ると良いと思います。思いついた事を言うのではなく、どこが前回より向上したのか、今後はどこを重点的に訓練していくと良いのか、というチェックです。

 そしてある程度まで身に付いたら、後はその人の自主性に任せるといいと思います。アマチュアに大切なことは、何より楽しむことであり、また個性を認めることだと思います。そう書くと観念的になりますが、発声はあくまで利用するだけのもの、という意識は常に持っておいた方が良いと思います。
 何より大事なのは、各人が確たる自信と技術を持って自立して歌えることであり、またそういった人たちが一つのものを作り出すということであって、決して画一化した集団を作ることでは無いのですから。


・現実解を探す

 アマチュア団体であれば、レベルの過度な要求は無理というものというのが現実だと思います。であれば「現実解」を常に探すことが大事になります。具体的には、多少音が崩れていてもその場でハモリに重要なパートを見つけて、そのパートとの和音形成に重点を置くということになります。
 また同じパートに下ずる人がいようと気にしないタフさも身に付けたいです。現実的には他パートとハモる音が最も支配力を持ちます。しかもあなたにはもはや圧倒的な声量が出ていることでしょう。練習が上手くいくのもそうでないのも、つまりは全てあなた次第かも知れません。

 どんなに上手い団体でも実際はそんなに大した人ばかりではありません。色々見て分かったことは「完璧な団体など存在しない」ということでした。そのため「方向性が違う」という感覚には従っても良いですが、少しくらい下手な団体であってもそれが耐えられない程でなければ良しとすべきです。そしてどこにおいても、自分の実力で「現実解」を出していく事こそが、唯一の現実に対する対処法です。逆説的のようですが、それが出来る人がいるところがすなわち上手い団体であるのです。またそれを可能にするのが発声の力です。一人で団体を支えるのは正直大変でしょうが、二人、三人と増えていけば良いのではないでしょうか。
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